醸造所を持たないクラフトビールブルワリー、ファントムブルワリー。今はメジャーなブルワリーも、元はファントムだったという例は数多くあります。東京都内を中心に活動する2人組のユニットSTYLE BREW WORKSも、ファントムブルワリーの1つ。彼らがこれまでに辿ってきたストーリーを、じっくりうかがいました。
ファントムってなんですか?醸造所間借りのブルワリーSTYLE BREW WORKS
ファントム(phantom)とはそもそも、 “幽霊”や“まぼろし”といった意味のワード。ファントムブルワリーは、自前で醸造所を持たず、クラフトビールを委託醸造するブルワリーです。
おもに醸造を担当する田中健二郎さんと、ビールを提供する場づくりを担う植松康佑さんのユニット・STYLE BREW WORKS(スタイルブリューワークス)は、ファントムらしからぬファントムブルワリーと言えるかもしれません。彼らは国内外のブルワリーで醸造経験があり、仕込みの日には自ら現場で作業します。
現在は、東京都豊島区要町のブルーパブ「Snark Liquidworks」(スナーク リキッドワークス)をメインに、都内の醸造所を間借りしてビールを造る2人。どうしてあえて“ファントム”を選択したのでしょうか。
「それは……とにかくビールを造りたかったんです」(植松さん)
「ファントムになりたかったというわけじゃなくて、それが一番先にできることだったんです。いきなり自分たちで醸造所を持つのは大変です。お金もかかるし、免許も、スキルも。でも、まずスタートを切らないと、と」(田中さん)
STYLE BREW WORKS、これまでのストーリー
自分たちの屋号で「とにかくビールを造りたかった」という田中さん・植松さん。STYLE BREW WORKSがこれまでに辿ってきたストーリーは波瀾万丈でした。
おのおの、クラフトビールと出会った大学時代
2人は京都・立命館大学の音楽サークルの先輩(田中さん)と後輩(植松さん)。
大学在学中、田中さんは京都の飲食店でアメリカNorth Coast Brewing(ノースコーストブルーイング)の「Brother Thelonious」(ブラザーセロニアス) を飲み「ビールってこんなに複雑なことができるんだ」とびっくりしたそう。一方植松さんは音楽好きが通うカフェ「JAPONICA」で志賀高原ビール「志賀高原IPA」を飲み、「ホップがはじけ飛ぶような、おいしいものが口いっぱいに広がる衝撃」を受け、そこからクラフトビールにハマっていきました。田中さんと植松さんは在学中、京都のビアバー「Bungalow」で一度一緒にクラフトビールを飲んだだけで、お互いにビールの話をすることはほとんどないまま卒業しました。
田中さんは大阪、植松さんはニュージーランドへ!
田中さんは進路に迷った末、あるイベントで飲んだビールをきっかけに大阪・箕面ビールに連絡をとり、最初はアルバイトとして採用されました。フルタイムで働くうち、いつしか正社員に。仕事はタンクの洗浄や瓶詰め樽詰め等がメインで直接醸造にたずさわることはありませんでしたが、3年間勤めました。
その間、植松さんは飲食業界の会社に就職し、転職も経験。横浜の「アンテナアメリカ」でビールを飲む日々を送り、日本ではなかなかチャンスがない中で、海外のブルワリーで働いてみたいと思うようになりました。
仕事でつながったある人にその気持ちを話すと、ニュージーランドのFunk Estate(ファンクエステイト)で働く日本人ブルワーを紹介されます。植松さんはオンラインでの面談を打診されながらも「勢い余って現地に会いに行っちゃって」(植松さん)。2泊3日の弾丸ニュージーランド滞在で採用が決まり、それから1年間、ワーキングホリデービザでブルワリーの仕事に就きました。
STYLE BREW WORKS始動!はじめて仕込んだビール「Departure」
直接コンタクトをとることもなく、それぞれにクラフトビール修業を積んでいた2人。箕面ビールでの3年間を経た田中さんとニュージーランドで1年間働いて帰国した植松さんは大学卒業後はじめて合流し、東京・三鷹のOGA BREWING立ち上げにあたって、2019年から一緒に働きはじめました。STYLE BREW WORKSのブランドを立ち上げたのもこの頃。
STYLE BREW WORKSとしてはじめて仕込んだビールは、OGAで醸造した「Departure」。2019年8月の暑い時期にリリースした、柑橘やパッションフルーツを思わせるトロピカルな風味のIPAです。
「Departureは出発。ここからはじめていこうっていう意味と、醸造所を持たないファントムだからこそどこの国でもビールが造れるのはメリットだなと。世界中を飛び回るようなイメージのタイトルにしました(植松さん)
2人でカナダへビール留学!のはずが
OGAでブルワーとして1年間働いた後、2020年の春、2人はカナダへのビール留学を計画。知り合いのツテでバンクーバーの人気ブルワリーParallel49での仕事が決まり、ワーキングホリデービザを取得して渡航の準備をしていました。
そこで起きたのがコロナ禍。
「ニックさん(田中さん)がまずカナダに行って、その1週間後にフライトを予約してたんですけど」(植松さん)
「僕が入国した翌日から現地でロックダウンがスタートして。僕はギリギリ滑り込みで入れて、彼はカナダに来れず……」(田中さん)
結局、1人で働き始めた田中さん。最初は缶詰めのラインに入っていましたが、スキルが認められてテストバッチの醸造担当に抜擢。クリスマスまでの24日をカウントダウンする“アドベントカレンダー”のビール版が企画された時は、アソートセット24種類全ての醸造を任されました。そのうち1種類のビールはレシピから関わり、はじめて飲んだクラフトビール「Brother Thelonious」のレシピを取り入れ、クリスマスらしくスパイスを利かせたベルジャンデュペルを仕上げました。
カナダに渡れなかった植松さんは、クラフトビールインポーター・ドリンクアッパーズに就業。後から振り返ればこのことがいい方向に転じ、おもに田中さんが醸造に従事して、植松さんが仕事のつながりや人脈を通じてビールを提供する場をセッティングするというざっくりした役割分担が生まれました。
カナダと日本、コラボビールをリリース
STYLE BREW WORKSは2021年春、カナダのメジャーなクラフトビールブルワリーStrathcona(ストラスコナ)とのコラボを実現。
日本とカナダでリリースされた「Love Buzz Yuzu Sour」は、柚子果汁を使い、乳酸菌由来の酸味が爽やかなサワーエール(限定醸造のため現在終売)。このコラボは、田中さんがカナダで醸造に携わり、植松さんが日本でインポーターとして仕事をしていたからこそ成立したプロジェクトでした。
田中さんは2021年3月に帰国。以降、ファントムブルワリーSTYLE BREW WORKSは、都内をメインにした活動を続けています。
NZで体感した日常的な“アップサイクル”
STYLE BREW WORKSは、産業廃棄物として捨てられるケースが多い麦芽の絞りかす・モルト粕のアップサイクルにも取り組んでいます。
「ニュージーランドのFunk Estateで働いていた時、仕込みをしているとよく近所のおじさんがコンテナ車で乗り付けてモルト粕を取りに来ていたんですよ。それを羊にあげるのか、わからないですけれど“ありがとう!”って言って持ち帰って行くのを日常的に見てました。都市型のブルワリーだと、これが産廃になってしまう。栄養があるものをお金をかけて捨てるより、何かに代えられないかなと考えてスタートしました」(植松さん)
植松さんは友人の料理家Ayakoさんにモルト粕の活用を相談。試行錯誤の末、乾燥・粉砕等の作業を経てヴィーガンラスクとクラッカーを完成させました。1つ1つ丁寧に仕上げられているため少量生産で、現在はイベント会場などでの不定期の販売となりますが、「おいしい事って正義ですよね。社会的に意義のあることですが、そういうのを抜きにして本当においしいものを作っていただきました」と植松さんの言う通り、アップサイクル云々を別にしてもリピートしたくなる一品。食感も味わいもビールに合うおいしさです。
音楽×フード×ビール!STYLEのビールが飲めるポップアップイベント
吉祥寺にあるカフェ「HOME PLANET」では、毎月第2土曜に角打ちイベント「角打ち ごきげんよう!」が開催され、STYLEのドラフトビールが提供されます。
イベント当日は、植松さんが勤務するドリンクアッパーズがインポートしたクラフトビールをはじめ、店内にあるパッケージのお酒の開栓料がフリーに! ビールのほかに、ナチュールワイン、メスカル、泡盛、焼酎等さまざまなお酒が楽しめます。夜にはDJイベントも(田中さんがDJを務めることも!)。
2022年3月の「角打ち ごきげんよう!」でつながっていたSTYLE のビールはアメリカのホップを大量に使ったウェストコーストIPA「Garden Groove」。西海岸つながりで、ビール名はカリフォルニアのバンド「サブライム」の楽曲名『Garden Grove』に由来。昨夏のリリースに続く2バッチ目で、「しっかりドライでちゃんと苦くて、ホップのきいたビールです」と田中さん。
吉祥寺「HOME PLANET」の「角打ち ごきげんよう!」は、次回2022年6月11日(土曜日)に開催。STYLEからはどんなビールが提供されるのか、「HOME PLANET」のインスタグラム、またはSTYLE BREW WORKSのインスタグラムでチェックして、ぜひ足を運んでください。
「クラフトビールは、ライフスタイルそのものだ」
学生時代からクラフトビールに魅せられ、それぞれに海外修業を経験してきたSTYLE BREW WORKSの2人。公式インスタグラムの初期の投稿では「我々にとってクラフトビールとはライフスタイルそのものです。多様で多彩、型にハマらないさまざまな生き方を肯定してくれる存在だと考えています」と明言しています。
彼らのストーリーは、海外のブルワリーで働きたいと思っている方、ブルワーになりたい方やブルワリー開業を目指す方にとって、自分の将来を自分らしく描くためのリアルなケーススタディーになるかも。
今後は醸造拠点を設けて、ファントムでない「ブルワリー」として営業することも考えているそうですが、どんな選択をしたとしても、この先彼らが打ち出していくスタイルに要注目です。
【関連サイト】STYLE BREW WORKSインスタグラム
「HOME PLANET」インスタグラム
ドリンクアッパーズ