東京・二子玉川にあるふたこビール醸造所は、ビールを通じて地域の人々が交流する場。まちづくりの一環として始まったというキックオフのストーリーや、醸造へのこだわり、地域経済や資源循環への取り組みなどを、ブルワリーオーナーにお聞きしました。
二子玉川の人気エリアに構えるふたこビール醸造所
東京都世田谷区、東急田園都市線・大井町線の二子玉川駅周辺は、大型の商業施設やタワーマンションが建ち並ぶ一方で閑静な住宅街も広がる地域。賑わいと静謐さが共存する街です。ふたこビール醸造所は、二子玉川駅から徒歩約5分のロケーションにあるコンセプトエリア・柳小路の一画、京都の町家風なデザインを取り入れた建物の2階に店舗を構えています。
陽当たりの良い広々とした店内にはゆったりとくつろげるテーブル席とカウンターがあり、絵本やボードゲームなどもディスプレイされて、子ども連れでも気軽に入店できるムード。厨房内には醸造設備が備えられ、カウンター越しに醸造タンクが見えます。
ビールでつながる人や物事、ブリューパブを地域コミュニティーに
ふたこビール醸造所は、二子玉川の街づくりを提案するプレゼンテーション大会から始まりました。運営会社である株式会社ふたこ麦麦公社代表の市原尚子さんは当時、仲間とともに地元にビールのブルワリーを作る案を提出。そのプレゼン内容が評価され、実現に向けて動き出したのは2015年のことでした。
とあるブルワリーで醸造を学びながら、まずは醸造所を持たないビールメーカーとして会社を立ち上げ、ふたこビールブランドはじわじわと地元に浸透していきました。
あくまでも自社ブルワリーの設立にこだわっていた市原さんは、その間もずっと二子玉川エリアで醸造設備が設置できる物件を探しましたがなかなか見つからず、結果的に飲食をともなうブリューパブとして開業することに。2018年11月、現店舗がオープンします。
それまで長期にわたって物件探しをしながら、調査のために片っ端から都心のブリューパブを巡っていた市原さんは、「ビールって人と人を結びつけるんだなと実感したんです。ビールを飲んでいるとあっという間に距離が近くなって全然知らない人とでも話ができたりする」と、パブの魅力に気づかされ、こういう場所が実際に地域の中にあったらいいな、と改めて感じていたと言います。ブリューパブとしてのオープンは当初のビジョンとは違ったものの、市原さんの思うコミュニティーを実現させる場としては逆に理想的だったのかもしれません。
「ブリューパブの“パブ”とは、パブリックの略。大衆向けの酒場であり、地域の社交場なんです。“ブリュー”という言葉は醸造だけでなく、混ざり合う、企む、という意味もあります。ふたこビール醸造所は、ビールを飲むだけでなく人々が交流し面白いことを企む、地域のコミュニティーの場にしたいと思っています」(市原さん)
ふたこビール醸造所では、定期的な音楽ライブイベントやランニングイベント、コロナ禍の時期にはソーシャルディスタンスを保ちながらの乾杯イベントなど工夫を凝らした企画をたてて参加者を募り、ビールを軸に地域の人々が集まる拠点として機能しています。
お代わりしたくなる、スルスル飲めるビール
ふたこビール醸造所の店舗では、定番ビール4種類と、用賀の「WOODBERRY COFFEE ROASTERS」セレクトの豆を使ったコーヒースタウト、「旅するビール」と題したゲストビール、合わせて6種類ほどのドラフトビールを提供しています。
定番ビールの1つ「ふたこエール」は、ふたこビールを代表するビール。麦芽の旨み、ホップの華やかな香りと苦味のバランスが整った、すっきりした飲み口が特徴のペールエールです。市原さんが目指す「何杯でも飲みたくなる、何回でも乾杯したくなるビール」が体現され、どんな食事にも合わせやすい1杯。定番ビールはほかに、上品で華やかな甘い香りと柑橘系の風味が特徴のセッションエール「フタコエール026」、IPAをアレンジしてラガー酵母で仕込み、すっきりとした苦味を引き出したIPL「宇奈根ペールラガー」、小麦麦芽によるシルキーな味わいと酸味、フルーティな飲み心地が特徴のホワイトエール「ハナミズキホワイト」がラインナップしています。
定番の4種はボトルでも展開しており、「ハナミズキホワイト」のボトルビールには地域デザインブランド「futacolabo」とコラボレーションした限定ラベルが使われ、売り上げの一部を障がい者アート支援に役立てる取り組みが行われています。
地域内で作り消費する、地域循環を目指して
定番ビール以外にも、ふたこビール醸造所では地域で栽培している季節の産物や、店とつながりのある場所の生産物を使ったシーズナルなビールを提供しています。
会社設立と同時に立ち上げた世田谷ホッププロジェクトは、地元の方にホップの苗を配布してそれぞれの畑や庭で栽培してもらい、収穫したホップの毬花を持ち寄ってビールを仕込むことから始まりました。今では二子玉川に自社ホップ畑を設けて協同で栽培にあたっています。
世田谷ホッププロジェクトはクラフトビールを多くの人に知ってもらうきっかけ作りや、都市農業の振興、地域での資源循環の一助を担うよう活動を続けています。
自社畑では麦と大豆も栽培し、麦茶や味噌作りにも挑戦。ビールと一緒に手作り味噌を使った味噌汁を販売する“味噌汁スタンド”の出店計画も進行しているとか。
地域を再発見する時代
2020年からのコロナ禍によって自由に外出できず、近所を散歩したり、地元で買い物をするようになって、自分の住む地域に目が行くようになった人が多くなっている状況下で、「地域を再発見する時代だと思うんです。コロナウィルスの流行は、地域でさまざまな物を調達して地域で生活を完結させるということの重要性に気付く機会になったと思います」と市原さんは言います。「自分で作れるものは作って、いざという時に必要な物が地元で手に入るようになるといいですね」。
「二子玉川はもうちゃんと街として盛り上がっていますから、地域おこしをやろうというつもりはないんです。でも、ただビールを作るだけじゃなく、ビールを通して地域が面白くなったり、豊かになったらいいなと思っています」(市原さん)
ふたこビール醸造所は今後、現店舗とは別の場所で少しサイズアップした醸造工場をオープンさせたり、缶詰め機を導入して缶ビールをリリースする予定もあるそう。
地産地消という言葉の重みや必然性が増してきたこの情勢で、ふたこビール醸造所が地域社会に積極的に貢献する姿は、地元に密着した未来のブルワリーの在り方のモデルケースの1つと言えそうです。
【関連サイト】ふたこビール醸造所