ベルギースタイルの伝統にアメリカの息吹を加え、オリジナルのクラフトビールを提供している京都醸造。2021年初頭から、創業以来作り続けてきた定番ビールをリニューアルし、さらに新しいシリーズをリリースしています。新シリーズの1つ「六味六色」は、人気のビールスタイルであるIPAの更なる可能性を探ったビール。ヘッドブルワーのクリス・ヘインジさんに開発のストーリーをお聞きしました。
ベルギーとアメリカのスタイルの融合、京都醸造のオリジナリティ
かつて日本の政治や文化の中枢を担った古都、京都。京都市内に醸造所を構える京都醸造は、ウェールズ出身のベン・ファルクさんと、カナダ出身のポール・スピードさん、そしてアメリカ出身のクリス・ヘインジさんの3人が立ち上げたブルワリーです。
ヘッドブルワーのヘインジさんは、2001年、留学生として来日。その後アメリカの大学に戻ってからビールに興味を持ち、自家醸造に夢中になりました。JETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)の講師として再来日し青森で暮らしていた時、ファルクさん、スピードさんと出会います。
ヘインジさんはAmerican Brewers Guildでの通信教育、アメリカのブルワリーでのインターンシップを経て、長野県の玉村本店(志賀高原ビール)などで研鑽を積み、日本で醸造所の開業を目指しました。MBAの勉強をしていたスピードさん、ビールを愛するファルクさんと共に、日本の伝統的なクラフト文化が息づく京都で京都醸造をスタートさせたのは2015年のこと。
京都醸造では開業以来、「自分たちの飲みたいビールを作れば良い」をモットーに、ベルギーの伝統的なスタイルやアメリカの息吹を融合させて新たな解釈を施したオリジナルのクラフトビールを提供してきました。フラッグシップとも言える定番ビール「一期一会」はベルギーで生まれたセゾンスタイルで、ベルギーの酵母とアメリカ産・ニュージーランド産のホップを使ったドライでフルーティーな飲み口のビール。ベルジャンIPAの「一意専心」、ベルジャンスタウトの「黒潮の如く」も、長く飲まれてきた定番のラインナップです。
2020年、社会の変化と新たな流通網
開業以来順調にファンを増やしてきた京都醸造ですが、2020年、コロナ禍の緊急事態宣言などにより、他のブルワリーや他業種同様大きな変化を強いられました。
「樽生ビールを中心に営業してきましたが、一気に売れなくなってしまいました。これまでのやり方が通用しなくなってしまったんです。はじめて直面した事態で、怖かったですね」(ヘインジさん)
できることを何でもやろうとボトル商品の販売に力を入れ、一般ユーザー向けのオンラインショップや業者向けのオンライン販売のシステムを構築。スーパーマーケットや百貨店にも販路を広げ「何とか生き残った」(ヘインジさん)と言います。
「……その中で、今まで見過ごしてきた市場を新たに発見したり、これまでとは違うお客様やニーズをはじめて認識したんです」(ヘインジさん)
これまではビアバーで樽生のクラフトビールを飲むユーザーのことばかり考えてきましたが、「成城石井」の一部店舗などでボトルビールや缶ビールの取り扱いが始まると、京都醸造のビールを買って家飲みする人の写真がSNSで数多く投稿されるなど、大きな反響がありました。
定番ビールを刷新、話し合って下した大きな決断
創業者の3人は定期的に会社の方針や事業について話し合ってきましたが、新しいマーケットを知ったことをきっかけに、ビールのラインナップがユーザーの求めるものになっているのかどうか改めて見直すことに。3人の議論は、2020年の3月くらいから2、3カ月続き、「お客様のニーズに合わせたビールを作り、わかりやすい情報発信をしていこう、と決めました」(ヘインジさん)。
創業してからすぐに出したビールは、いつも同じ味を提供したいと考えて定番シリーズとして作りましたが、数年を経た今の時点でベストなセゾンか? ベストなIPAか?と改めて問い、自分たち自身が定番のラインナップを飲まなくなってきていることにも気づきました。
「3人が、これだと思うようなセゾン、IPA、スタウトに作り直さなければならない、と思ったんです」(ヘインジさん)
看板商品で知名度もあり根強いファンもいるビールにあえて手を加える決断は容易ではなかったはずですが、京都醸造は定番3銘柄「一期一会」、「一意専心」、「黒潮の如く」をレシピから刷新。リニューアルバージョンは、2021年1月から2月にかけてリリースされました。
画一的になってきたIPA、更なる可能性を探る「六味六色」
京都醸造の3人は、IPAのスタイルが大好きで、たびたび限定でIPAを作ってきました。定番ビールの見直しについての話し合いを進める中で限定醸造のIPAについても話が及び、「存在感が薄いという話になったんです」とヘインジさん。ただ単にホップの種類や加える量を変えてみるだけではなく、テーマをしっかりと打ち出して、こういう味わいを出したいという意図があって作ったビールの方がこれまでも評判が良かったと再確認。そこで、新たに京都醸造がIPAのシリーズとしてスタートしたのが「六味六色」(ろくみろくしょく)です。
「ここ2年くらい、Hazy IPAがブームです。Hazyにもいろいろな種類があり微妙な差異はありますが、香りが変わるだけで基本的な味わいの違いはそんなに出ない。言ってみればIPAは1つの味になってきてしまっています。どのブルワリーのIPAを飲んでも同じ、というのは嫌になったんです。IPAにはもっといろんな顔があるということを思い出してほしい」(ヘインジさん)
六味は、甘、酸、塩、辛、苦、旨。「六味六色」はこの6つの味覚を表現するシリーズです。最初にリリースするのは「甘」(かん)。
「甘いIPAを作りたいということでありません。IPAを通して甘い印象を表現したいんです」(ヘインジさん)
「ラクトースや乳糖を入れれば甘くなりますが、私たちはそういうビールは作りません。ホップによる甘いニュアンス、柑橘の風味やトロピカルな風味を表に出して、苦味は控えめに。ホップの甘さを支える隠し味として、ホップにもともとあるココナッツのような香りに寄り添うココナッツパウダーを入れています。一般的にホップは苦いと思いがちですが、甘味もあるんだとお客様が気づいてくれたらいいなと思います」(ヘインジさん)
次回リリース予定は「塩」
「六味六色」シリーズの次回リリース予定は「塩」。「『塩』というと、お客様の中にはしょっぱいIPAを期待される方もいるかもしれませんがそうではなく、IPAで塩がどういう役割をしているか知ってほしいと思って作りました」(ヘインジさん)。
よくスイカに塩をかけて食べますが、フルーツに塩をかけると甘味が増します。そこから発想し、スウィーティーと柚子の果汁を入れたフルーツベースのIPAを作り、そこに塩を加えることでフルーツの香りと味わいを引き立て、ホップの香りと連携させています。塩はボディに丸みを持たせる作用もあるそう。
「甘」は既に販売が始まっていますが、オンラインショップでは好評につき一時的に完売(2021年2月末再販予定)。「塩」は2021年2月現在、仕込み中です。京都醸造は2021年よりボトルから缶製品のリリースに移行しており、「六味六色」もすべて缶と樽の販売になる予定です。
このシリーズ、1本飲んだら6種類コンプリートしたくなる危険な企画ですね。ストックして、6本同時にテイスティングしたい気持ちにもなります。シリーズ誕生の背景やレシピの工夫などは京都醸造のブログにも詳しく書かれていますので、あわせてチェックしてみてくださいね。
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