住んでいる街に、気兼ねなく立ち寄ってサクッとクラフトビールが飲めるお店があったら最高ですよね。それが醸造所併設のブルーパブで、提供するビールがとびきり新鮮だったらもっとうれしい。さらに、フードメニューもバラエティがあっておいしいとなれば、ちょいちょい通ってしまいます。
今回紹介するのはそんなお店。東京都世田谷区・経堂にある後藤醸造は、近所にあったらいいのに! と思ってしまう醸造所です。2022年9月で5周年を迎えた定番ビール「経堂エール」を飲みながら、創業者の後藤さんご夫婦にこれまでのストーリーをうかがってきました。
東京農大出身の2人が創業! 経堂の街に根付く後藤醸造
後藤醸造は、小田急線経堂駅から徒歩約3分ほどの路地沿いにあるブルワリー。ガラス越しに醸造設備を眺めながらフレッシュなクラフトビールが飲めるスタンドビアバーが併設されています。
平日は地元の常連客の利用が多く、お買い物帰りやジム帰りの方が立ち寄ったり、お子さんの習い事の送迎に来たお母さん・お父さんが休憩がてら1杯飲んでいったり。入り口のドアが大きめなので、ベビーカーに赤ちゃんを乗せて入店されるファミリーもいます。週末には遠方からもビール好きのお客様が来て、店内は大盛況。
経堂には東京農業大学の世田谷キャンパスがあります。後藤醸造創業者の後藤健朗さん・後藤由紀子さん夫妻は2人とも東京農大出身。学生時代を過ごした街で開業することに決めたのは健朗さんのお父さんのアドバイスがきっかけで、今や大学の先輩後輩や友人、教授陣も店を訪れます。農大といえば醸造や発酵を専門的に学ぶ醸造科学科があることでも知られ、学生のアルバイトも採用しやすいのだとか。
会社員時代に赴任先で出会ったクラフトビール
健朗さんは農学科、由紀子さんは栄養科学科を卒業した後、当初はビールとはまったく縁のない分野で仕事をしていました。
健朗さんがクラフトビールに出会ったのは2012年、食肉卸会社の営業職で多忙を極めていた頃のこと。赴任先の山梨県甲府市で、醸造所・アウトサイダーブルーイングと、併設するブルーパブ「Hops&Herbs」を訪れ、はじめて見るビールの醸造設備に驚きます。
「ビールってこんなに小さなスペースで造れるんだ、と感動しました。もともとモノづくりが好きだったので、こういうことを仕事にしたいなと思いましたね」(健朗さん)
翌年の2013年、健朗さんはクラフトビール醸造をやってみたいと由紀子さんに相談。娘さんが生まれてちょうど3カ月がたったタイミングでしたが、由紀子さんは「いいよ」と後押し。
「大学時代から何かを造ることがすごく上手で家でもずっと料理をしていましたし、ビールを造りたいと聞いて、できないとは思わなかったんです。親世代とは状況も変わってお給料が上がる時代ではないですから、やりたいことをやった方がいい。でも、準備がこんなに大変だとは思ってなかったんですよね……」(由紀子さん)
その後、健朗さんは神奈川県の老舗のブルワリーに就職し、1年半にわたって醸造やブルワリーの運営を経験しました。ノウハウを学んで独立を決め、2016年7月に現店舗をオープン。最初は飲食店としての営業でした。
苦労したのは醸造免許の取得。申請書類の書き方や醸造の技術・販売力を証明する書類の提出など、手続きは予想以上にハードルが高く、地域の方々や縁のあるブルワリーに協力してもらいながら手続きをすすめました。結局、免許が交付されたのは申請を開始してから1年半後。後藤醸造は2017年7月に、ブルワリーとしてスタートしました。
“モルトのコクを大切に”5周年を迎えるフラッグシップ「経堂エール」
ビール醸造について健朗さんが創業当初から変わらずに心がけているのは“モルトのコクを大切に”すること。
「やっぱりビールは麦の飲み物なので。しっかりと、モルトの味を出していきたいです」(健朗さん)
2022年10月初旬の取材時、後藤醸造では4種類のビールを提供していました。そのうち3種は後藤醸造のオリジナルビール。英国産のモルト・マリスオッタ―とアメリカ産ホップ・Eureka(エウレカ)を使い、シングルモルト・シングルホップで醸造した「Eureka!」(Smash IPA)、世田谷産のはちみつを使った「Cascade Honey Ale」(Honey Ale)、そして定番の「経堂エール」(American Pale Ale)。
「経堂エール」は、後藤醸造が創業時から造ってきたフラッグシップ。初仕込みは委託醸造で製造し、醸造免許交付後、2017年9月に自社醸造の初バッチをリリースしました。ビアスタイルは、健朗さんがクラフトビールに興味を持つきっかけとなったアウトサイダーブルーイングの定番ビール「The Counties Pale Ale」(ザ カウンティーズ ペールエール)のおいしさをイメージし、American Pale Aleに。「飲み飽きない味」(健朗さん)を目指してレシピを組み立てています。
「ずっと作り続けることができるよう、原料はシンプルで手に入りやすいものを選んでいます。特別なものは使っていません」(健朗さん)
自社醸造のファーストバッチでは麦芽粕を濾すプロセスでフィルターが曲がってしまい、味わいは良かったものの液色が濁ってしまうというトラブルも。「経堂エールファーストバッチ フィルターブレイカーっていう名前を付けて……」(健朗さん)。
健朗さんはそれから10カ月ほど「経堂エール」だけをひたすら造り続けました。ホップはCascade(カスケード)をメインに、Hallertau(ハラタウ)やCentennial(センテニアル)で苦味を調整。由紀子さんから「もうそろそろ別のビールを造ったら?」といわれるまで、レシピを確立するために粛々とバッチを重ね続けました。
「私は苦味が苦手なので、最初のレシピのほうが飲みやすかったように思いますが、味の“深み”があるのは今の『経堂エール』ですね」(由紀子さん)
「初期のものの方があっさりしていました。現在のバッチは苦味を補って、さらにコクや旨みを出しています」(健朗さん)
提供する季節や気温によって今もレシピは少しずつ工夫され、これから冬に入るとモルトを若干増やして、アルコール度数と旨みを出すよう調整。夏ならばHallertauやCentennialを多めにして苦味を少し出したりと微調整します。
そうやって手を加えバッチを重ねて、「経堂エール」は2022年9月で自社醸造5周年。ずっと人気の看板銘柄です。
世田谷産の素材を活かしたビールも!
この日のタップリストにあった「Cascade Honey Ale」は世田谷区・成城にある宍戸園のはちみつを使ったビール。これは世田谷区主催の、世田谷産農産物を使った加工品のビジネスプランコンテストで入賞した企画を実際に商品化したもの。シーズナルビールのラインナップには、世田谷区内の民家で採れた甘夏やカボス、スダチを使ったビールも。
「世田谷産の柑橘を使ったビールを造ったのは、近くにお住まいの方が庭になっているカボスを食べきれないということで店に持ってきてくれたのがきっかけですね」(健朗さん)
「(地元産の生産物を)商品としてちゃんと買って経済を回すことも大事ですし、規格外品など売れないものを使うというのも大事。農大生ですから、作物を廃棄するのは嫌だなと思っています」(由紀子さん)
ビール醸造で出る麦芽の搾りかす・麦芽粕は、現在、由紀子さんのご実家が営む農家で堆肥として活用していますが、今後はこの搾りかすを堆肥にして育てた作物でビールを仕込み、資源を循環させることができたら、と考えているそう。2022年10月には、学生有志のチーム・Soilが後藤醸造の麦芽粕を使ったグラノーラ「麦芽ノーラ」を商品化し(不定期の販売)、麦芽粕を食材としてアップサイクルする試みにも協力しています。
ブルワー自らが考案したフードが◎
後藤醸造では、ブルワーの健朗さんが考案したおつまみが楽しめます。メニューは充実。
「経堂エール」に合うメニューをお聞きすると、「イモ系ですかね」と健朗さん。
オーダーしたのは「ポテトサラダ」。プレーン、カレー、マスタードのフレーバーから2種類選べるとのことで、プレーンとマスタードを注文しました。
後藤醸造の「ポテトサラダ」は卵がたっぷりでボリューミー。振りかけられたフライドオニオンが揚げ物のオイル感を補い、味や食感のアクセントにもなって、ビールとの相性を押し上げている感じ。人気メニューで、お替わりするお客様もいます。
小腹がすいていたら、ホットドッグもおすすめ。「干し大根のピクルス入り 経堂ホットドッグ」は、東京農大応援団名物の「大根踊り」に着想を得たメニューで、ジューシーなソーセージとたっぷりのレタスがはさまれたホットドッグに干し大根のピクルスをトッピングした一品。大根のピクルスのほんのりした酸味とザクザクの食感がビールに合います!
おすすめはそのほかにも。「経堂焼きおにぎり」は、料理研究家の肩書きをもつ店舗スタッフ・マチコさんが考案したメニューで、出身地・長野の玄米とお味噌を使ったピリ辛の味わい。「合鴨の生ハム」は、ちょっとあぶって提供するこだわりの一皿です。
経堂に行ったら立ち寄りたくなる、暮らしに馴染んだブルワリー
健朗さんは今後も“モルトのコクを大切に”しながら「経堂エール」を造り続け、さらに準レギュラーと呼べるような銘柄を手掛けたいと考えています。経堂の産直マルシェ併設のイベントカフェ「さばのゆ」さんが提供してくれる高知県産の生姜を使ったビール「ジンジャーエール」やIPAなど、これまでに造ってきたスタイルを復活する予定も。
後藤醸造のビールは、ボトルでも販売中。実店舗でも、オンラインストアでも購入できます。また、地元経堂のイベントでドラフトビールを提供することもあり、後藤醸造の近くにある大型のコインランドリー「小田急ランドリー経堂店」の駐車場では、後藤醸造が不定期(2022年10月時点では月1回)で出店し、お洗濯の合い間にビールが飲めます。
経堂の街で暮らす人たちの生活に馴染んだブルワリー・後藤醸造。性別や年齢、クラフトビールへのコミットの深さなど関係なく、老若男女がふらっと1人でビールを飲みに来ている姿が印象的です。経堂に行ったらマストで、小田急線沿線に用事があったら途中下車して立ち寄ってみては?
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