年度末を前にこの1年を振り返ると、2020年は歴史に残る出来事がいくつも起きた激動の年でした。クラフトビール界では、売り上げを社会問題解決のために寄付するコラボレーションが複数実現。ブルワリーのもつ力やビールから生まれるコミュニケーションを知る機会にもなりました。人種の平等への関心を促す「Black is Beautiful」など、世界的コラボに積極的に参加したブルワリー、京都醸造を取材しました。
激動の2020年、世界のブルワリーがみせた団結
コロナ禍、政情不安、気候変動……2020年はさまざまな出来事が起きた激動の年でした。新型コロナウイルスの広がりは世界中の外食産業を疲弊させ、クラフトビール業界もその影響を大きく受けています。しかしそんな不安定な情勢の中でも世界のブルワリーは協力し、売り上げの一部(またはすべて)を社会問題の解決に充てるコラボレーションがいくつも企画されました。
京都市内に醸造所を構える京都醸造は、国を越えたコラボレーションに積極的に参加。コロナ禍でヘルプを必要としているサービス業界の人々を支援する「All Together」(オールトゥギャザー)、人種差別問題への気づきを促す「Black is Beautiful」(ブラックイズビューティフル)の2つのプロジェクトに加わり、コラボビールをリリースしました。
コラボレーションはいずれも、プロジェクトを企画したブルワリーがビールのレシピを作成してシェアし、企画に賛同したブルワリーがそのレシピを元にしてビールを醸造、共通した商品名・パッケージで販売するというもの。売り上げの一部は特定の機関・組織や、各ブルワリーが選んだ機関に寄付するルールです。
ニューヨークのブルワリーOther Half Brewing(アザーハーフブルーイング)が企画した「All Together」は、コロナ禍で影響を受けた医療業界・飲食業界などのサービス業に携わる人々を支援するプロジェクトで、IPAのレシピとパッケージデザイン、宣伝用の画像などを無償で公開。2021年2月現在、この「All Together」プロジェクトには世界53カ国、855のブルワリーが参加しています。
京都醸造はOther Half Brewingのレシピをベースにビールを醸造し、2020年5月にリリース。売り上げの一部は地元・京都の飲食店を支援するクラウドファンディング「京都セルフロックダウン」に寄付されました。
人種差別への関心を促す「Black is Beautiful」
2020年5月25日、世界にコロナ禍が蔓延する中、アフリカ系アメリカ人男性ジョージ・フロイドさんが、警官による不適切な拘束によって死亡させられる事件が起きました。これををきっかけに人種差別に抗議する暴動が起き、BLM(Black Lives Matter ブラックライブズマター)運動が全米に広がりました。
このことを受けて、アメリカ・テキサス州のWeatherd Souls Brewing(ウェザードソウルズブルーイング)は「Black is Beautiful」プロジェクトをスタート。他のコラボと同様、ビールのレシピやパッケージデザインを無償で公開し、ウェブサイトを立ち上げました。基本となるビールスタイルはアルコール度数高めのインペリアルスタウト。京都醸造は2020年7月に「Black is Beautiful」のコラボビールを発売し、プロジェクトで得た売り上げは京都弁護士会が運営する「京都府人権リーガルレスキュー隊」に寄付。多様な背景を持つ人々の弁護士費用として活用しています。2021年2月現在、世界22カ国、1200を超えるブルワリーがこのプロジェクトに参加しました。
1人でもいい、ビールをきっかけに知って欲しい
京都醸造のヘッドブルワー、クリス・ヘインジさんは「これらのコラボレーションについては、SNSの投稿で知りました。『All together』はアメリカでコロナが急拡大したころ、『Black is Beautiful』はジョージ・フロイドさんの事件の後、デモが広がったタイミングで見つけました」と振り返ります。
「どちらもやり方としては同じようなコラボレーションですが、『Black is Beautiful』は、より深い社会問題に焦点を当てています。アメリカでも人種差別について認識がいきわたっていないのに、日本でBLMのような運動をPRしてわかってもらえるかどうか、参加する前に少し考えましたね」(ヘインジさん)
「Black is Beautiful」をリリースした後にSNSでの反響を見ると、ヘインジさんの予測した通り、日本のユーザーの反応はBLMへの関心が語られるというよりも、京都醸造が作った特別なビール、という受け止め方が目立ちました。「京都醸造としてはこれまで、こんなに見た目も味もがっつりしたスタウトはあまり作ってきませんでした。だから、いつもと違うなと気づいてもらって、たった1人でも、Black is BeautifulやBLMってなんだろうと思ってくれた人がいたなら、大成功かなと思います」とヘインジさんは言います。
「日本でも、人種による差別はあると思います。典型的な日本人ではない人が、どういう気持ちで毎日を過ごしているか。このビールをきっかけに、少しでも考えてもらえたら嬉しいです」(ヘインジさん)
なるべく手を加えず、ブルワーが考案したレシピに忠実に醸造
「All together」も「Black is Beautiful」も、ヘインジさんはできるだけ元のレシピに忠実に作りました。「コラボレーションをやる時には、なるべく手を加えずレシピの通りに作ります。他のブルワーの手法を学ぶ機会として考えているんです。Weatherd Souls Brewingさんのレシピを見ると、私だったら絶対にそこまでホップは入れないとか、そこまでブラックモルトは使わないぞと思ったりもしますが、他のブルワリーが作るスタウトを知る良い機会になったと思います」(ヘインジさん)。
自分たちにできるのは、ビールを作ること
「All together」のコラボビールをリリースした時はコロナ禍の第1波の真最中で、樽生ビールの出荷量が落ち込み、京都醸造自体が大変な局面を迎えているタイミングでした。
「それでも、『All together』はIPAなので売りやすかったんです。『Black is Beautiful』は真夏のリリースなのに10%のハイアルコールのスタウト。売るのは正直、難しいと思っていました。でも、自分たちにできるのはビールを作ること。だから思い切ってやりました」
「Black is Beautiful」は、むしろ今の寒いシーズンに飲みたいスタイル。残念ながらオンラインストアでの販売は終了してしまいましたが、小売店で在庫を見つけたらぜひ購入してみてください。社会問題にコミットしたコラボレーションに対してユーザーの側がどう反応するか。それも1つの社会的アクションですね。ビールを買うことで支援につながり、共感を表明することができます。
これまで経験したことのない出来事が次々に起きた2020年。それぞれが苦しい立場にいながら、新たな団結が生まれた年でもありました。世界を舞台にしたクラフトビールのコラボは、ビールラバーにとっても嬉しい企画。今後も、ポジティブに展開していくことを楽しみにしたいです。
【関連サイト】京都醸造
【関連サイト】All together
【関連サイト】Black is Beautiful