Hood to Fujiからビールイベントが学ぶべき五つの魅力

2023年4月15日と16日に、東京の渋谷ストリームにてビールイベント「Hood to Fuji」が開催された。米国オレゴン州と日本の醸造者との協働で製造するというコンセプトの下、19銘柄のビールと1銘柄のハードサイダー(リンゴ醸造酒)が提供された。イベントの様子とともに、そこで見受けられた五つの魅力もお届けする。

オレゴンと日本が山でつながる

Hood to FujiはFuji to Hoodと対を成している名前で、日本で開催する場合は前者、米国オレゴン州ポートランドで開催する場合は後者となる。そしてHoodとはオレゴン州にある成層火山・フッド山を指している。つまり「フッド山から富士山へ」「富士山からフッド山へ」という意味だ。ちなみにフッド山には、日本からオレゴンへの移民によって、その成層火山らしい見事な円錐状から「オレゴン富士」という二つ名も付けられている。FujiとHoodを名前に使うのは、日本とオレゴンを結ぶ縁の深さを象徴していると言えよう。

オレゴンは米国でもクラフトビールづくりが盛んな州の一つであることは、ビール好きの中ではよく知られているかもしれない。2021年の統計によれば、州内に310のクラフトブルワリーがあり、12番目に多い州だ。日本でも専門店に行けばオレゴン産のビールをよく見かけるし、オレゴン産のビールを中心に扱う輸入代理店やビアパブも存在する。

州内最大の都市は人口約230万人のポートランドで、「米国美食のまち」第1位(WalletHub、2021年)、「米国で住みやすいまち」第10位(U.S. News & World Report、2021年)になるなど、近年は全米から注目を集めていることに加え、日本でも関連書籍が刊行されたり、雑誌で特集が組まれたりするなど、注目されている。クラフトブルワリー数は主催者の一人であるレッド・ギレンさんによれば約80あり、日本で人口がほぼ同じの名古屋市に置き換えて考えてみると、いかに多いかが感じられるかもしれない。名古屋市には現在、操業しているクラフトブルワリーが3者ある。

レッド・ギレンさんはオレゴン側の主催者だ。なんだか『機動戦士ガンダム』の強烈な登場人物を複数思い出させるお名前だが、にこやかで物腰が柔らかい紳士だ。「オ州酒ブログ」という特にビールに関する読みごたえのあるブログの運営の他、コロナ禍をきっかけにポッドキャスト「オTALK」も始め、オレゴンのツアーガイドにも携わっている。

レッド・ギレンさん
レッド・ギレンさん

ギレンさんはこのイベントを2018年にポートランドでFuji to Hoodとして始めた。日本のビールを提供するに当たって「輸入の都合で高くせざるを得ませんでしたが、大好評でした」とギレンさん。参加ブルワリーは11組で、このときから「開催地の相手国の原料を使う」「オンラインのやりとりを通じた協働醸造だけでなく、ブルワーが実際にイベントに来ること」という二つのルールが適用され、今に続いている。協働醸造の組み合わせは希望を募るのではなく、くじ引きにしている。その方が、想像を超える面白い組み合わせ、そしてビールが出来上がることを狙ってのことだ。

2019年はHood to Fujiとして日本で初めて開催され、このときは業界向けセミナーも開催され、100人が参加した。2023年も業界向けセミナーを前日の4月14日に開催し、定員の100人が3週間前に埋まるという人気の高さを見せた。なお、このセミナーの内容は本記事の続編でお届けする予定だ。また、2020年と2021年はコロナ禍のため開催できず、2022年にポートランドでの開催を復活させている。

「クラフトラガー」は日本でも流行るか?

筆者はイベント初日に参加して気づいたのは、提供された銘柄で淡色ラガー(もちろんコールドIPAも含む)やケルシュという、比較的さっぱりしている銘柄が目立ったことだ。ビール19銘柄中、実に8銘柄だった。あまりにも気に入ってしまった銘柄はおかわりしてしまった。確かに、2016年に米国フィラデルフィアで開催された米国最大のクラフトビール醸造見本市での業界動向解説でも、淡色ラガーやケルシュなど軽めのビアスタイルの人気が高まっている傾向にあるという報告がなされていた。

しかし、ヘイジーのように米国に追随して、日本でもこれらのビアスタイルの人気がさらに高まるかというと、筆者は懐疑的だ。なぜなら、国内大手メーカーが「ビール」区分で製造している主力銘柄が、世界的に見てやや「濃くて味わい深い」傾向にあるからだ。米国では大手各社が「〇〇ライト」として軽く味わいが薄い銘柄を出していて、「大手といえば味わいが薄くて軽い」と思われがちなのと少し状況が異なるのだ。小規模と大規模でどうしても生じる価格差を超えてまで、これら「クラフトラガー」などの一般には微細と思われるであろう違いが理解され、例えばIPAほどの人気を得ていくだろうか。

コンセプトである「オレゴン産原料使用」として目立ったのが、ヘーゼルナッツだ。州内のウィラメット渓谷では、全米の99%を生産しているという。もう一つ忘れてはならないオレゴン産原料はホップであり、ウィラメット渓谷はその名も「ウィラメット」という品種が開発されたほどのホップの産地でもある。オレゴンでのホップ栽培についても続編でお届けしたい。

会場でビールを味わって見えた五つの魅力

実際に会場でビールを味わって、例えば他のビールイベントが参考にできそうな魅力が五つ見えた。

1.イベント名などに「クラフト」と付けない

本イベントはいかにも「クラフトビールのイベント」と説明されそうだが、公式サイトを見ても、「クラフト」とは一切使われていない。参加ブルワリー・ブランド一覧を見れば分かるように、2020年の世界シェアでも10位に入っているキリンホールディングスの中核企業・キリンビールの子会社スプリングバレーブルワリーという、非クラフトブランドが入っている。他のイベントではたまに、イベント名に「クラフト」が入っているものの、大手メーカーが出店ないし銘柄提供をしていることがあり、引っ掛かりを覚える参加者が出ているだろう。疑問を生じさせない名付けが単純かつ強力な解決方法であるし、参加者がもっとビールに集中できるようになるし、さらに大きくは公平な競争の前提になる。

2. セミナーで波及効果も生まれる

正直なところ、セミナーの内容は良く言えば分かりやすく、その半面、ある程度の経験がある醸造者にとっては当たり前に知っている知識が多かったのではないかと思えた。しかしそれでも、「聞いた内容を自分のビールづくりに生かしたい」といった声を聞いたし、既知の内容であっても復習することによって漆塗りのように理解を深め、さらに、新しいアイデアを生むきっかけになるのかもしれない。質問が盛んに出ていたのもその表れだろう。一堂に会することによってさまざまなコミュニケーションが起きるという利点もある。準備のために前日入りすることが自然な参加ブルワリーにとって、前日開催のセミナーは参加しやすいし、同業者と話をする良い機会になっているはずだ。そして何より、これまで2回開催されてきたHood to Fujiでのセミナーは満席になっており、セミナーが業界で求められていることが分かる。

3. 人の交流が広がる

2.のセミナーをきっかけにしたコミュニケーションに加えて、本イベントのルールの一つ「オンラインのやりとりを通じた協働醸造だけでなく、醸造者が実際にイベントに来ること」が奏功しているように見える。イベント本番が盛り上がるだけでなく、今回来日したオレゴンからの醸造者が各地のビール店に行ってタップテイクオーバーイベントを開催したり、イベント本番翌日に日本のブルワリーを見学に行ったりと、日本・オレゴンの醸造者たち、そして消費者たちとの交流が見られた。こうした体験を通して自然とビールの味わいが認められ、飲まれていくのは、理想的な消費の在り方の一つだろう。

4. 地元素材使用による発展性

前述のように、今回はオレゴンの地元素材を使うことがルールの一つだった。近代までにビールを発展させてきた欧米諸国では、麦芽もホップもつくられてきた。つまりこれら主原料そのものが地元素材になっているのである。逆にオレゴンでの開催で日本の地元素材を使う場合は、地元素材は例えばユズなどの果物といった副原料が中心になるだろう。ここに日本独自のビアスタイルの在り方のヒントがあるかもしれない。例えばブラジルではカタリーナサワーという、サワーエールを基にブラジル産の果物を使って新鮮さを特徴としたビアスタイルが確立している。単に地元素材を使い続けるだけでなく、オレゴンとの協働醸造、それもくじ引きで決まる組み合わせの中から、想像を超えた使い方が生まれ、新しいビアスタイルも生まれるかもしれない。そしてそれは地域経済の活性化、そして一人ひとりの「地に足のついた生活」につながる。

5. ハードサイダーも自然に加われる

1.の「クラフト」に似た話として、イベントの主タイトルに「ビール」と付いていないのだから、ハードサイダー(リンゴ醸造酒)が入ってもおかしくない――。こう主張することもできるかもしれないが、もう一つ、ハードサイダーが想起される要素がある。それはFujiである。富士山ではなく、リンゴの品種としての「ふじ」だ。日本で生食用としてよく知られている他、米国でも栽培され、ハードサイダーにも使われている。以上まではやや言葉遊びの感じがあるが、ハードサイダーは発泡している銘柄が多く、アルコール度数の幅がビールと近く、副原料としてホップを使うものもあるなど、ビールとの共通点がある。ギレンさんも「オレゴンでも『クラフトビールあります』だけではイベント集客は難しい」と言うように、地域素材を使った他の飲み物が加わることは、イベントの魅力を高めるだろう。

以上5点、すべてを盛り込む必要はないだろうが、一つでも実現できそうな点があれば検討する価値があるのではないだろうか。そして消費者にとっては、好きなビールを飲みつつ新しい魅力に触れられる機会を得るきっかけになるかもしれない。

【関連サイト】オ州酒|ポートランド・オレゴンのお酒ツアー&情報
【関連サイト】オTALK | oshuushu

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長谷川小二郎

執筆、編集、英日翻訳。ビール専門誌『ビールの放課後』発行人・編集長。2008年から、米ワールドビアカップ(WBC)、グレートアメリカンビアフェスティバル(GABF)など、国際的かつ上位ビール審査会で審査員。日本地ビール協会(クラフトビアアソシエーション)講師として、ビールと料理を合わせる理論と実践を学べる「ビアコーディネイターセミナー」講師。日本ベルギービール・プロフェッショナル協会上級認定講師として「ビールKAISEKI(会席)アドバイザー認定講座」テキスト執筆・講師、「ベルギービール・プロフェッショナル ベーシック講座」講師。書籍最新作は日本語版監修・訳『クラフトビールフォアザギークス』。他に共著・訳『今飲むべき最高のクラフトビール100』など。日本ビール検定1級は6回連続合格、2022年は首席。

よなよなの里