ホワイトビールの生みの親、故ピエール・セリス氏の「セリス・ホワイト」7月10日より販売開始

セリス・ホワイト

国内でデリリウムカフェなどを展開しているRIO BREWING & CO.SPRLと、日本での醸造事業を展開するEVER BREW株式会社は、故ピエール・セリス氏が生み出した「セリス・ホワイト」の日本における独占輸入契約を締結し、7月10日より販売を開始しました。

セリス・ホワイト

「セリス・ホワイト」は、「ヒューガルデン・ホワイト」の生みの親である故ピエール・セリスが、アメリカ・テキサスのオースティンにて1992年に立ち上げたセリス・ブルワリーにてピエール・セリスがすべてをかけて生まれたビールです。

一度はなくなったものの、2017年に娘のクリスティーヌ・セリスと孫の醸造家デイトナによって再興されたアメリカの醸造所にて、再び「セリス・ホワイト」の醸造が開始されました。レシピは当時のものを引き継いでおり、小麦だけでなく当時のホワイトビールに使われたオート麦を使用しています。

ピエール・セリスとクリスティーヌ・セリス

「セリス・ホワイト」の歴史は深く、約60年以上前にも遡ります。「セリス・ホワイト」の前衛となる「ヒューガルデン・ホワイト」が誕生する以前は、ベルギーブラバント州のヒューガルデン村の一帯では小麦を使ったビールが作られていました。しかし、1957年にトムシン醸造所が廃業し最後のホワイトビールがこの世から途絶えてしまいました。

その後、このトムシン醸造所にて働いていたこともある牛乳屋のピエール・セリスは、ヒューガルデン醸造所を立ち上げました。そこで生まれたビールが「ヒューガルデン・ホワイト」です。あっという間に村を飛び越えヨーロッパ中で名声を得ました。

しかし、1985年ヒューガルデン醸造所が火事となり経営から離れることとなってしまい、次の夢を追うことにしたピエール・セリスは、娘のクリスティーヌ・セリスと、アメリカ・テキサスのオースティンにて1992年にセリス・ブルワリーを設立しました。そこで生まれたビールが「セリス・ホワイト」です。

ビールの評判は最高としか言いようがなかったのですが、醸造所は最終的にミラー社の物流参加から、結果ミラー社へ売却されてしまい、ミラーも2001年セリスブルワリーを閉鎖することとなってしまいました。

セリス・シトラス・グランディスIPA

そして2011年4月9日、ピエール・セリスはこの世を去り、2017年にピエールの意志を継いだ娘と孫娘によって「セリス・ホワイト」は復活しました。日本で販売される種類は355mlの瓶と缶、20リットルの生樽。このほか、グレープフルーツ、オレンジの皮とメロン、ピーチ、パッションフルーツ&パイナップルも感じさせるフレーバーが特徴的な「セリス・シトラス・グランディスIPA」も販売されています。

長い年月を経て受け継がれるホワイトビールの味をぜひお試しください!

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明田川蘭

明田川蘭

出版社、外資IT会社を経て沖縄で2年弱を過ごし東京へ帰って来て、編集・ライターとして独立。大のお酒好き、旅好きで、旅に出かければ必ずやその土地の地ビールや日本酒などをいただく。好物は、「温泉に入った後のビール」「仕事で嫌なことがあった後のビール」「フェスでいただくビール」






セリス・ホワイト