「馨和 KAGUA 」「Far Yeast」「Off Trail」などのクラフトビールブランドで知られるFar Yeast Brewing(ファーイーストブルーイング)。2020年10月に、東京から、自社醸造所のある山梨へ本社機能を移転しました。個性あるビールをリリースし続けている人気ブルワリーは、なぜ本社を移したのでしょうか。仕事環境や醸造現場の変化、醸造所の地域振興について代表取締役の山田司朗さんにお聞きしました。
東京都渋谷区から山梨県小菅村へ、人気ブルワリーが本社を移転
新型コロナウイルス感染症の1回目の緊急事態宣言が出てから1年が経ちました。この1年間で急速にテレワークが広まり、多くの人のワークスタイルが激変。オフィス環境を見直す会社も出てきています。クラフトビールブルワリーのFar Yeast Brewing株式会社もそんな会社の1つ。昨年10月、東京都渋谷区から、自社醸造所のある山梨県小菅村に本社を移転しました。
素材の探求や他社とのコラボなどを通じて話題の商品を続々と発表しているFar Yeast Brewing。本社移転までの経緯や、移転によって醸造現場に現れた変化はどのようなものだったのでしょうか。
東京を貫流する多摩川の水源、小菅村の「源流醸造所」
Far Yeast Brewing株式会社は2011年に東京で創業(スタート時の会社名は日本クラフトビール株式会社)。委託醸造のビールメーカーとしてスタートしました。
代表取締役の山田司朗さんは20代で著名IT企業の役員を務め、その後、英国ケンブリッジ・ジャッジ・ビジネススクールでのMBA取得を経て、クラフトビール界で起業しました。創業当時、日本にはまだクラフトビールのショップやパブなど専門店が少なく、ブリューパブというものの存在すら認知されていない時代。山田さんは海外のビアパブに通ったりビアフェスに参加するなかでクラフトビール業界の熱気を感じ、「このトレンドは、いずれは必ず日本にやってくる」と感じていたと言います。
山田さんの予測通りじわじわと日本でクラフトビールの文化が盛り上がりつつあった2017年、Far Yeast Brewingは山梨県北東部にある小菅村の工場跡地に自社醸造所を開設します。
山田さんが醸造拠点として小菅村を選んだのは、固定費となる地代の価格、物流のアクセスの便利さ、環境の良さなど、プロダクションブルワリーの醸造拠点としてのさまざまな条件をクリアした場所だったから。
「商品に“東京”の名がついていることから、東京との文化的・歴史的なつながりも大事でした」(山田さん)
醸造所の通称は「源流醸造所」。小菅村は東京を貫く多摩川の源流域に位置し、「Far Yeast東京ブロンド」など“東京”を冠するビールを定番商品にしているFar Yeast Brewingのブランドイメージに沿ったストーリーがプラスされました。
コンビニもスーパーも無い…本当に暮らしていけるんだろうか?
醸造所を開設する準備を進めるため山田さんは2016年から山梨県に移住し、山梨から定期的に東京に通う生活を始めました。
引っ越してみると、そこは渋谷とは別世界。
「小菅村はコンビニゼロ、スーパーも無い。中華料理店が1軒ありますがいつも営業しているわけではなく、夜に外食をする場所がないんです。本当にここで暮らしていけるんだろうかと、最初は戸惑いました」(山田さん)
小菅村は総面積の95%が森林、という自然豊かな村。コンビニこそありませんが、その代わりにきれいな空気と水に恵まれ気候も涼しく、食品の製造現場としてはベストな環境でした。山田さんは醸造所が稼働してからしばらくして、東京に通うのをやめ、基本的に山梨を拠点に仕事をするようになります。
進んでいた働き方改革、コロナ禍を契機に本社移転へ
本社の移転についてもこの頃から検討を始めていました。「製造業のアイデンティティは、製造の現場にあります。クラフトビールブルワリーが醸造所のある場所を本社にするのは自然なことだと思うんです。製造現場にリソースを集中させることが理想だと考えていました」(山田さん)。
社内会議で本社移転を議題にしてみたところ、賛否両論。山田さんは、反対する人がいるなかで強行することは避け、移転の話はしばらくペンディングとなっていました。
そこへ降りかかってきたのがコロナ禍。世の中の流れが一斉にリモートワーク推進に動きます。
コロナウイルスが広がる前から、Far Yeast Brewingでは通勤に時間がかかるスタッフが自宅で勤務する事例が既にあり、テレワークは導入済みでした。緊急事態宣言の発出を機に東京本社で全社的にリモートに移行してみると意外に上手く機能し、生産性は維持。お客様側の意識も変わりオンラインミーティングが当たり前になっため、取引先を訪問することも少なくなりました。
「完全にリモートで仕事ができるとなると、物理的に東京に本社を置く重要性がなくなったんです。ならばこのタイミングで本社を移そうと決断しました」(山田さん)
2020年10月に本社機能を移転。現状では東京にオフィスを残していますが、2021年5月には完全に撤退する予定です。東京に住み続けてリモートで仕事をするスタッフもいれば、山梨で新たに採用したスタッフもいて、今後は、海外からリモート勤務するスタッフを採用する可能性もあるとか。
本社と醸造現場が一体化、豊かになったコミュニケーション
本社が移転してもワークフローが特段変わることはありませんでしたが、オフィス機能と製造の現場が一体化したことで、ブルワーとのコミュニケーションは大きく変化しました。
「業務で必要な打ち合わせはオンラインで済むんですが、例えば、仕込みでトラブルがあって現場が大変そうだとか、○○さんは体調が悪そうだとか、現場に居合わせないとわからない細かい情報やコミュニケーションというのがあって、その積み重ねが意外と大きいんです」(山田さん)
直接お客様と接するオフィスのスタッフが醸造過程を間近で見ることによって、ビールについての具体的な情報が顧客に伝わりやすくなったというメリットも。「ビールの数値的なスペックよりも、作っている現場のことを知りたいというお客様はすごく多いんです。お客様が欲しがっている情報はかなりの割合で製造現場にあるんですよね」(山田さん)。
地方創生への貢献、「山梨応援プロジェクト」
本社を移転してみてはじめて、山田さんは、地元小菅村や山梨県がFar Yeast Brewingに寄せる期待の大きさや、地域を盛り上げたいという地元の人たちの強い思いに気づかされました。
「クラフトビールは、山梨県が発信する魅力、特産品の1つになりつつあるのではないかと感じています」(山田さん)
“ビールで山梨県を盛り上げる”として2020年から取り組んでいる「山梨応援プロジェクト」では、山梨市の桃、小菅村の梅、韮崎市の葡萄などを使ったビールの醸造や、県内の飲食店とのコラボなどを通じて地域の活性化に努めています。地元での雇用創出、移住促進にも意欲的。
「地方創生は国が抱える大きな課題だと思っています。一極集中で地域や地方が荒廃し、このままだと、豊かな自然や土地の農産物が維持できなくなる未来が見えています。僕らが地方を盛り上げることに少しでも役に立てるならぜひ取り組んでいきたい。地元の素材とのコラボは今後もっと拡大したいと考えています」(山田さん)
Far Yeast Brewingの取り組みや地元との連携に注目
Far Yeast Brewingは、科学的なアプローチでホップの香りを最大限に引き出す試みや、海外の技術者とのコラボなど、話題性のある新商品を次々にリリースしています。
新商品リリースの記者発表や記念イベントなどもオンラインで行われ、主催者側も参加者側も、居場所を選ばずに開催・出席できるようになりました。
コロナ禍から抜け出せていない今、働き方やライフスタイルはますます多様化し、住む場所やオフィスの在り方も変化しています。食を取り巻く状況も、クラフトビールの楽しみ方も一層変わってくるのかもしれません。小菅村に移ったFar Yeast Brewingの取り組みや地元との連携に、今後も注目が集まります。
※注記のあるもの以外、写真提供:Far Yeast Brewing株式会社
【関連サイト】Far Yeast Brewingホームページ
【関連サイト】日本のクラフトビールブルワリー Far Yeast Brewing