「日本に、新ビール」? キリン新商品「スプリングバレー シルクエール<白>」試飲会の話題あれこれ

SPRING VALLEY シルクエール<白>・豊潤496

9月13日から、キリンの新商品「SPRING VALLEY シルクエール<白>(以下、シルクエール)」の缶が全国で発売される。それに先立って開催された試飲会に参加してきた。

シルクエールの特徴

さっそくシルクエールの特徴に触れていこう。まず白ビールであり、「一般的に、原料に小麦または小麦麦芽を多く使用したビール」という説明がなされた。正確にはさらに、無ろ過のため濁っているという特徴が加わる。この「白濁」が名前の由来になった。その通り、この銘柄もやや濁っている。もう一つの大きな特徴は、ネルソンソーヴィンというホップが使われていることだ。

SPRING VALLEY シルクエール<白>

製造工場は、取手、横浜、滋賀という3か所体制。全国の安定供給に資するだろう。筆者が飲んだ缶は、底に記載されている製造所固有記号が「17」で、滋賀工場製だ。ヤッホーブルーイングの「よなよなエール」といった主力商品群や「銀河高原ビール 小麦のビール」も製造しているので、ビール好きにとってはなじみのある工場かもしれない。ちなみに、並べて飲んだ「豊潤496」は「28」で、横浜工場製だ。

グラスを鼻に近づけると、ネルソンソーヴィン使用であることからその特徴である白ブドウのような香りがするかと予想したが、むしろオレンジなどの甘めの柑橘類やコリアンダーの感じがした。同行した本サイト共同編集長の秋山も同じ印象だ。発酵由来のフルーティーな香りが交じり合ってそう感じたのかもしれない。口当たりは小麦使用でタンパク質が豊富なのを感じさせるまろやかさがあり、適度な甘味とよく合っている。

味は、酸味、苦味、甘味の順に強く感じる。特に苦味は、柑橘類の香りがすることと相まって、柑橘類の皮のような刺激も伴う。後味はさっぱり。そのように仕上げるために採用されるコーンが、教科書通りに使われているかたちだ。

同時に提供された食べ物は計6品あり、そのうち焼いたサーモンに添えられた緑のソースと合わせると、ハーブの香りが高まり、もっとも印象に残った。

白身魚・肉とビール

家でも生かせる提供方法

その他、ビール好きにとって興味深い話題も5点出た。

1. グラスの脚は保温性を高めるためにある

今回のシルクエールは、脚付きのグラスに注いで試飲するよう指示された。その際「胴ではなく脚を持って手の温度を移さないようにしてほしい」という補足がされたのが良かった。

脚付き・なしのグラスを比べた際、液が入る部分の形状が同じであったら何か違いがあるのかと疑問を持ったことがある人もいるかもしれない。しかしこのように、脚があればそこを持ってビールの保温性を高められることが理解できれば、例えば「液の発泡具合をなるべく残すためには温度が上がらない方がいいので脚を持つようにする」「上立ち香(アロマ)の変化を早く楽しみたいので胴を持つようにする」といった判断ができるようになる。

2. スワリングは御法度

今回のシルクエールを試飲する際、グラスをスワリング(グラスを水平方向に回して中身も回す)して香りを立たせるように指示されたが、「本当は御法度だが」と添えられたのが非常に良かった。

ビールは例えば同じ醸造酒のワインと違い、炭酸飲料である。スワリングすると、香りは立つが、炭酸も飛んでしまい、状態が変わっていく。あくまで筆者の経験則だが、結論だけ言えば、意図的に炭酸を飛ばしたビールは早く飲まないと渋くなり、口に含んだときに立つ香りも薄れる。最後の一口までなるべく劣化させずに飲みたいのであれば、スワリングはすべきでない。

3. サーモンの身と皮に注目

前述の通り、焼いたサーモンが提供され、当たり前のことでもあるが、皮も付いていた。もちろん、身と皮では味わいが異なる。この二つの異なるものとビールを合わせることを考えるのは、ビールと料理を合わせていく際に広がりを与える。

4. ビールと料理の色を合わせない

「ビールと料理の色を合わせる」という方法を散見するが、反例はたくさんあるし、本当に言いたいことは「焦げ具合を合わせる」ことだろうし、また「焦げ具合を合わせない」という合わせ方もあるので、法則とは言えない。今回は、バターチキンという淡色のカレーにやや濃色の「SPRING VALLEY 豊潤<496>」を合わせ、ブラウンマサラという濃色のカレーを淡色のシルクエールに合わせるのを勧めていた。

カレーとビール

5. ビールのボディーと食材の厚さを対応させる

ボディーとは、あえて訳せば「飲んだときの重み」であり、甘味、アルコール、タンパク質、ポリフェノールから構成される。重ければ重いほど、口の中に長く残る。食材はもちろん、厚ければ厚いほど口の中に長く残るので、ボディーの程度と食材の厚さをそろえれば、一緒に咀嚼できる時間をそろえられることにつながる。例えば刺身であれば、重めのボディーに合わせるなら平造りに、軽めのボディーのビールに合わせるならそぎ切りに、と対応を変えることができる。

「クラフトビールの明確な定義はない」に潜む二つの問題

さて、ここまで試飲したビールと提供方法について述べた。ここからは試飲の前に、同商品が謳う「クラフトビール」について、いくつかの説明がなされたことに触れていく。まず、説明の際、米国の業界団体であるBrewers Association(BA)によるクラフトブルワーの定義を挙げた上で、「(国内に)クラフトビールの明確な定義はない」と説明があったが、これは明確な間違いである。日本では2018年以来、業界団体である全国地ビール醸造者協議会(JBA)が設けた定義がある。この定義による分類の結果だけ言えば、アサヒ、キリン、サントリー、サッポロ、オリオン、ヤッホーブルーイングの6社を除いたブルワリーすべてがクラフトブルワーであり、彼らがつくるビールはクラフトビールだ。

クラフトブルワーがつくるビールがクラフトビールであることは自明だし、共著『今飲むべき最高のクラフトビール100』でも記したように、筆者はこの定義には妥当性も説得力も両方あると考えている。もちろん、「妥当性も説得力もない」と主張することは自由だが、「(存在し)ない」とするのは、「存在しているのを知らなかった」という認知の問題があるか、「存在を知っているが無視している」という認知後の対応の問題があるかの、どちらかだろう。そうして「クラフトビール僭称」をすることによって、本来「クラフトビール」と呼ばれるべき銘柄たちの商機が失われていると見るのは、自然な推論ではないだろうか。人間には、お金、時間、肝機能、空間の限りがあり、銘柄が増えた分だけ飲んで楽しむことはできない。

さらに、「飲む人の数がかなり増え、それによって全体の消費量が増えているのでは」と思う人もいるかもしれない。それに関連して、クラフトビール市場が2020年から2021年にかけて1.6倍に伸長し、その増分の8割がキリンの商品「SPRING VALLEY 豊潤<496>」だという説明もなされた。前述の通り、キリンの商品をクラフトビールと呼ぶ客観性や道理はない。説明にあったクラフトビール市場の増分の多くがキリンの商品であり、それをもって「クラフトビール市場が1.6倍」と言われても、他の600社以上のほとんどにとっては正に「実感なき成長」なのではないだろうか。さらに増分の2割には業績好調なヤッホーブルーイングの商品も含まれており(キリンは自社商品をクラフトビールに含めているくらいだから、ヤッホーの商品も含めているだろう)、他の600社は成長ではなくほとんど横ばいと推測されるのではないだろうか。この調査は「キリン調べ」ということで、具体的な調査方法を試飲会時に質問したが、後日「当社独自の推計方法であり、社外秘」と回答があったのみだった。

ここで、もしかしたらややオカルトじみた話に聞こえる話を紹介したい。キリンがこうした独善的ともいえる商売ができる理由が一つ思い浮かぶ。過去に積んだ徳である。同社の「スプリングバレー」というブランドの説明には「コープランドの志を受け継いで…」と出てくる。コープランドとは1870年にその名もスプリングバレー・ブルワリーを立ち上げたウィリアム・コープランドのことで、スプリングバレー・ブルワリーは1884年に破産するまで存続した。

その後、その土地は更地になり(※1)、1885年にジャパンブルワリーカンパニーが設立された。コープランドは1902年に亡くなり、葬儀を取り仕切ったのが、後にキリンビール(麒麟麦酒)となるジャパンブルワリーカンパニーだったのだ。つまりキリンは、コープランドによるスプリングバレーの会社や設備といった実体を受け継いだわけではない。だから「志を受け継いで」という表現になっているのだろう。そうして徳を積んだのは素晴らしいことだと思うが、クラフトビール僭称するような製品を販売していると、その徳を早々に使い切ってしまうのではないかと、筆者は心配している。

以上、試飲会では試飲の他に飲み方など素晴らしい提案もなされたが、クラフトビール僭称の問題が残る。さらに、9月9日から公開の吉永小百合が出演するCMでは、「日本に、新ビール」というキャッチコピーが大きく掲げられ、その下に「※当該ブランドの白ビールタイプの新商品です。」という補足説明がある。我が国にとって、何が新しいのだろう。試飲会でも説明され、意味がわからなかったので質問したが、筆者の能力が足りなかったせいか、要領を得なかった。意味がわかった方はぜひお教えいただけると幸甚である。

こうした、中身ではなく名乗り方を優先する「こだわり」から脱却し、市場の混乱が取り除かれることを切に望む。

※1 端田晶『ぷはっとうまい日本のビール面白ヒストリー』p48

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長谷川小二郎

執筆、編集、英日翻訳などを手掛ける著述家。ビール専門誌『ビールの放課後』発行人・編集長。2008年から、米ワールドビアカップ(WBC)、グレートアメリカンビアフェスティバル(GABF)など、世界上位の国際ビール審査会で審査員。日本地ビール協会(クラフトビアアソシエーション)講師として、ビールと料理を合わせる理論と実践を学べる「ビアコーディネイターセミナー」講師。日本ベルギービール・プロフェッショナル協会(JBPA)上級認定講師として「ビールKAISEKI(会席)アドバイザー認定講座」テキスト執筆・講師、「ベルギービール・プロフェッショナル ベーシック講座」講師。書籍最新作は日本語版監修・訳『クラフトビールフォアザギークス』。他に共著・訳『今飲むべき最高のクラフトビール100』など。日本ビール検定1級は7回連続合格、2022、2023年は首席。『知って広がるビールの世界 日本ビール検定公式テキスト(2024年4月改訂版)』ではJBPA講師として執筆協力、「ビールの放課後」が主要参考文献に採用。

よなよなの里