野沢温泉と横浜の香りを併せ持つタップルーム「里武士 馬車道」

里武士 馬車道 ビール

4月23日、横浜市中区の馬車道駅に隣接する施設KITANAKA BRICK&WHITEに、長野県野沢温泉村で「里武士(LIBUSHI)」というビールブランドを手掛けるビール醸造会社Anglo Japanese Brewing Company (AJB Co.)のタップルーム「里武士 馬車道」が開店した。

里武士 馬車道 外観

入居している施設は、横浜市歴史的建造物の旧横浜生糸検査所付属倉庫事務所。ビールの醸造に加え、ジンなどの蒸留酒、レモンサワーなどのRTD(Ready to Drink、ビールと同じく既にパッケージ内で出来上がっていてすぐ飲める飲み物)、カクテル開発、料理と飲み物の組み合わせなどを提供していく新しい拠点になる。取材時には樽のビールが14本のほか、レモンサワーが1本つながっていた。

取材時には樽のビールが14本のほか、レモンサワーが1本つながっていた。

ベルギービールに憧れての木樽長期熟成

里武士の来歴を振り返ってみよう。

日本人の絵美子氏と英国人のトーマス氏のリヴシー夫妻が創業したのが2014年1月。夫妻は2012年から野沢温泉村に移住していた。移住のもともとのきっかけは2010年に初めて観光で訪れたことで、特にトーマス氏が土地を大いに気に入り、当時は英国在住だったが、いつか日本に移住する場合は野沢温泉がいいとほれ込んだ。

絵美子氏は「野沢の温泉に入った後に飲んだクラフトビールが本当においしく感じた」と振り返る。しかし、野沢温泉にはブルワリーがなかったため、2013年から「自分たちが作ればいいのでは」と検討し始め、2014年に創業した。野沢温泉の中心街のシンボルである共同浴場「大湯」の目の前の物件に、300Lのパイロットブルワリーとバーを開業した。筆者が調査した国内ブルワリーの数は2013年で200弱、2014年は200強だった。

トーマス氏は彫刻家であり、英国ではビールの自家醸造もしていた。そのおかげで、ビールの出来のよさは創業すぐから口コミで広まったほか、現在のウイスキー樽長期熟成銘柄「キングコングニードロップ」につながる木樽長期熟成のインペリアルスタウトなど、自分たちが本当に作りたいと思えるビールを早くも4回目の仕込みから作り始めている。

夫妻は英国在住時にたびたびベルギーに出かけたほどベルギービールが好きであり、ベルギービールで多用されている木樽長期熟成には深い思い入れがある。さらに2016年ごろからは、インバウンド(訪日客)で野沢温泉村も盛り上がり、それに伴って飲食店や酒販店からの注文が増えていった。

翌2017年には設備を増設し、2,500リットル仕込みに拡大した。そして2018年と2019年にはセゾン、サワー、バレル(木樽)、ブレット(ブレタノマイセス酵母)ビールを楽しむビールイベント「SSBB」を地元で開催し、LIBUSHIはさまざまな面で拡大していった。

なお、日本地ビール協会の調査によれば、2021年末時点での国内ブルワリー数は530で、現在は600に迫る勢いだ。LIBUSHIの取引先も現在、奇しくも約600軒あるという。

なぜ横浜に出店したのだろうか。

「取引先の半分は関東にあり、このあたりとはつながりがあるんです。物件は当初、東京で探し始めましたが、良いところがなく、『横浜なんですけど一度見てみませんか』と紹介されたここが、建物や空間、1925年に建造されたという歴史の長さ、建物が醸し出す雰囲気と存在感もあって、一目見て気に入ってしまったんです」(絵美子氏)

2021年春に契約して同年秋に開店する計画だったが、コロナ禍で延期になった今年春にずれこんだかたちだ。

里武士 馬車道 店内

廃棄食材のビール使用は「もったいない」ではなく「新しい輝きを創り出す」

LIBUSHIがビールの世界を超えて注目を集めているのが、ブレッドビールだ(前出の「ブレットビール」とは濁点の数が違う別のものなので注意)。捨てられてしまうパンを使ったビールで、2019年6月に誕生した。東京・六本木のカフェ&ベーカリーであるブリコラージュブレッドアンドカンパニーが作るカンパーニュの耳を使って醸造している。両者をつないだのは、ゼロウェイスト(ゴミを出さない)活動をする「530 week(ゴミゼロウィーク)」発起人の中村元気氏だ。

こうした「もったいない」や「フードロス」を解決するための取り組みは、現在は「流行」とも言える状況になっている。しかし、そうした取り組みをするがために、本来つくるべき製品やサービスの質が下がってしまったら本末転倒だ。その点LIBUSHIは、「パンが廃棄されるのはもったいないから、なんとかビールに使おう」にとどまらず、「パンを使うからこそ出せるおいしさ、新しい輝きを創り出そう」という気持ちでこのパン使用ビール醸造に臨んでいる。これはまさに「アップサイクル(価値の高いものへの再利用)」という考え方だ。単にリサイクルではなくアップサイクルだからこそ、消費者が魅力を感じて購買し、再びアップサイクルで生産してまた消費される、という循環ができるのである。

大型の木樽から生まれる「つなげていけるおいしさ」

LIBUSHIのビールを特徴付けている設備は、フーダー(大型の木樽)だ。ビールづくりでは発酵や熟成で使われる。木の中に生息する微生物も発酵に関与して酸味をもたらしたり、酸素が出入りすることによって複雑な味わいがもたらされたりして、ビールに特徴が与えられるのだ。さらに、現在国内でフーダーを導入しているブルワリーはいくつかあるが、ソレラシステム(もともとシェリーの熟成法で、古い仕込み分の酒に新しい仕込み分の酒が継ぎ足されるようにブレンドされていく方法)まで採用しているのはLIBUSHIだけなのではないかという。

里武士 馬車道 木樽

LIBUSHIがフーダーに親しみを持ったのはベルギービールがきっかけで、ブルワリーを訪問してフーダーを見るたびに、自分たちもぜひ導入したいと思うようになり、5,000リットルの大きさのフーダーを2本導入した。実際にベルギーのブルワリー・アウトベールセルとは、2019年に協働醸造をして「一望千里」という銘柄を生み出している。アウトベールセルのランビックと、LIBUSHIの木樽長期熟成のインペリアルスタウト「キングコングニードロップ」をブレンドして熟成。フーダーを使うだけでなく、よそのブルワリーで作られたビールをブレンドすることによって、複雑さが増している、濃色のサワービールだ。

木樽の活用としては、「里武士 馬車道」ではジンなど蒸留酒も作っていく予定で、その際の熟成に用いる。蒸留酒を作るきっかけもアップサイクルだという。これまでに、商品としては出荷できない柑橘類や破砕された米を使ってほしいという相談が届いたことがあり、ビールよりも蒸留酒に使う方がよりおいしく楽しめるのではと思ったという。

「1杯飲んで満足、というのもいいかもしれませんが、やはり『もう1杯飲みたい』や『このおいしさを誰かに伝えたい』と思ってもらいたい。LIBUSHIではそうした『つなげていけるおいしさ』を追求しています。それをビールだけでなく、蒸留酒でもしていきたいです」(絵美子氏)

この新店ならではの銘柄は「レモンサワー」だ。原料は有機栽培のレモンの果汁を加工せずに使っている。レモンサワーは実は、海外からのブルワーに人気の日本のアルコール飲料だ。ビールの合間に飲んだり、USパイント(473ml)サイズで飲みたくなったりするレモンサワーを開発したいと思ったのがきっかけだ。そのため、甘味と酸味のバランスに特に配慮している。ベースとなる蒸留酒も今後、国産レモンの皮などを使って、馬車道で製造していきたいという。

開店して4か月経ち、提供する料理も既に充実している。懇意のお店のオーナーシェフを呼んで一緒に料理を提供し、DJによる音楽を流すイベントも実施した。8月5日には醸造免許が下り、晴れて製造を開始した。

ここでしかできないおいしい体験を得るために、繰り返し行ってみる価値がありそうだ。

【参照ページ】里武士 馬車道 | Libushi Bashamichi

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長谷川小二郎

執筆、編集、英日翻訳。2008年から、米ワールドビアカップ(WBC)、グレートアメリカンビアフェスティバル(GABF)など、国際的な上位ビール審査会で審査員。ビールと料理を合わせる理論と実践を学べる「ビアコーディネイターセミナー」講師、「ベルギービールKAISEKI(会席)アドバイザー認定講座」テキスト執筆・講師、「ベルギービール・プロフェッショナル ベーシック講座」講師。最新作は日本語版監修・訳『クラフトビールフォアザギークス』。他に共著・訳『今飲むべき最高のクラフトビール100』など。日本ビール検定1級は5回連続合格。