ビールを醸造すると、副産物として、麦芽の搾りかす・麦芽粕(ばくがかす)が生じます。麦芽粕は産業廃棄物となるケースが多いですが、捨てずに有効活用する取り組みも。今回は、麦芽粕をアップサイクルした「グラノーラバー」を販売する和歌山県田辺市のVOYAGER BREWINGを取材。商品を企画・開発した真鍋志麻さんにお話をお聞きしました!
ビール醸造の過程で出る麦芽粕とは?
ビールのおもな原料は、麦芽とホップと水。醸造過程のはじめに麦芽を温水に入れて麦汁を造りますが、その際に出る麦芽の絞りかすが麦芽粕(モルト粕、ビール粕)です。
麦芽粕はビール醸造の副産物として必ず発生し、特に都市部のブルワリーでは産業廃棄物として捨てられるケースがほとんど。しかし絞りかすとはいえ麦芽粕は工夫すれば十分に活用できるポテンシャルのある素材で、捨てずに有効活用しようと模索する事業者も出てきています。今回は、麦芽粕を使った「グラノーラバー」を製造している和歌山県のブルワリー・VOYAGER BREWING(ボイジャーブルーイング)の取り組みをご紹介します。
長く広く愛されるビールを造る、VOYAGER BREWING
VOYAGER BREWINGはブルワーの真鍋公二さんと、真鍋志麻さんのご夫婦が和歌山県田辺市を拠点に2015年に創業したブルワリーです。ブルワリー名は惑星探査機「VOYAGER(ボイジャー)」に由来。ロマン・チャレンジ・未知への探求のイメージとブルワリーのあり方を重ねて名付けられました。
創業以来、モルトやホップが主張しすぎずそれでいてそれぞれの存在が感じられるような定番ビールを醸造し、クラシカルでトラディショナルなビール造りで “長く広く愛されるブルワリー” を目指しています。
麦芽粕を、食べ物としてアップサイクルしたい!
VOYAGER BREWINGではこれまで、ビール醸造で生じる麦芽粕を近隣の梅農家に提供し、堆肥として活用してもらってきました。麦芽粕を産業廃棄物として捨ててしまうということはなかったものの、志麻さんにはあたため続けてきたビジョンがありました。
「仕込みの日の麦芽粕はすごくいい匂いがするんです。そのまま食べてみても、甘くて香ばしくて。これをなんとか食べ物としてアップサイクルして商品化できないか、とずっと考えてきました」(志麻さん)
麦芽粕を食品としてアップサイクルしたい、と志麻さんが思いはじめたのはVOYAGER BREWINGの創業前にブルワリーで仕事をしていた頃から。インターネットで海外のアップサイクル事情を調べ、ある時、アメリカで麦芽粕を使ったグラノーラバーを製造・販売している「ReGrained」というプロジェクトを知りました。「情報を探っていくと、彼らは当時自分たちで近所のブルワリーから麦芽粕を回収して、手作りでグラノーラバーを造っているようでした。そういう感じで造れるんだな、と思いましたね」(志麻さん)。
※2022年9月現在「ReGrained」ではグラノーラバーは販売しておらず、別の麦芽粕アップサイクルアイテムを取扱い中
さらに知り合いの縁で神戸のお店で手作りしている麦芽粕入りグラノーラを食べる機会があり、おいしい、と感じた志麻さん。麦芽粕をグラノーラバーに調理してきちんとパッケージすれば、手で配るような範囲ではなくたくさんの方に食べてもらえるような“商品”にできるのではないかと考えるようになりました。
コロナ禍をきっかけにはじまった商品開発
それから忙しい時期が続き、手をかけられないまま長い時間が経過しましたが、2020年に入るとコロナ禍でビールの出荷が止まり、急にぽっかりと時間ができました。
「もう今しかない!と真剣に取り組むようになりました」(志麻さん)
それから志麻さんは、麦芽粕を使ったグラノーラバーの試作に没頭。
仕込みの日に出た麦芽粕を持ち帰り、まずは乾燥させます。オーブンに入れて、高温で短時間加熱するのがいいのか、低温で長時間がいいのか、何度も繰り返して検討しました。乾燥させた麦芽粕にナッツやドライフルーツ、メープルシロップ、オイルを入れて焼きますが、最初はまったく固まらず試行錯誤。お菓子作りの上手なお客様がタップルームに来た時にアドバイスをしてもらうなどして、小麦粉を少し混ぜたり、材料を混ぜる順番を工夫しました。麦芽粕をなるべく多く使いつつ、オートミールを足すなどして味わいや食感も調整。1年ほどかけて試作品を完成させました。
試作品が仕上がった後、志麻さんは「和歌山県工業技術センター」に相談し、麦芽粕を食材として活用するにあたり、どのくらいの温度帯でどのくらいの時間乾燥させるべきなのか分析を依頼。量産化・商品化に向けて安全性をクリアにし、その結果をもとに、乾燥を委託できる工場を探しました。麦芽粕をなるべく新鮮なうちに乾燥処理に回そうと醸造所に近い場所で施設を探し、「和歌山県工業技術センター」が紹介してくれた和歌山市内の工場が対応してくれることに。また、グラノーラの調理をお願いする製造メーカーは和歌山市の株式会社キタタニの協力を得て、同市内の太陽食品株式会社に決定。量産化の流れができました。
こうして生産体制が整った「グラノーラバー」は、2022年1月に一般販売がスタート。初回のロットでは約100キロの麦芽粕を乾燥させて得られる13~14キロの乾燥麦芽で3000本の「グラノーラバー」を製造し、1か月ほどで完売したそう。現在は在庫が少なくなると追加生産していて、地道に売れ続けています。
手軽に栄養補給ができて繊維も豊富なエナジーバー!
志麻さんが麦芽粕の乾燥と成分分析について相談を持ち掛けた「和歌山県工業技術センター」では、麦芽粕の栄養成分も数値化されました。その調査で改めてわかったのは、麦芽粕の栄養価が非常に高いということ。
「予想通りというか、むしろ思っていた以上に食物繊維もたんぱく質も多くて、しかも糖質が少なかったんです」(志麻さん)
麦芽の種類によってかなり値に差があるものの、“スーパーフード”といっていいような栄養価だったとか。麦芽を「グラノーラバー」に調理するには、バー状に固めるために水あめや小麦粉を添加することが必須で、加工後に糖質の数値は上がってしまいますが、しっかり栄養が補給できる“エナジーバー”としての機能面もアピールしたい、と志麻さん。おやつやビールのおつまみだけでなく、山登りやアウトドアでの携帯食、スポーツ時の栄養補給にもぴったりなのだそう。
【VOYAGER BREWING「グラノーラバー」100グラム当たりの栄養成分】
(カッコ内はバー1本分の重量およそ40グラム換算の参考値)
熱量:455kcal(1本分:182kcal)
たんぱく質:10.1g (1本分:4.04g)
脂質:22.5g (1本分:9g)
炭水化物:57.1g (1本分:22.84 g)
糖質:48.8g (1本分:19.52g)
食物繊維:8.3g (1本分:3.32g)
食塩相当量:0.3g (1本分:0.12g)
濃い色系のビールによく合う「グラノーラバー」、どこで買える?
「グラノーラバー」は麦芽粕の香ばしさとザクザクとした食感が楽しめて、サイズは手軽でも食べ応えがあります。メープルシロップの風味とナッツの味わい、ドライクランベリーの甘酸っぱさがアクセントに。合わせたいのはもちろんクラフトビール! なかでも、VOYAGER BREWINGの「COPPER」(コパー)は、カラメルモルトの香ばしさが「グラノーラバー」の味わいとベストマッチです。
VOYAGER BREWINGのタップルームではビールと「グラノーラバー」をペアリングして楽しむことができます。東京駅八重洲地下街のリカーショップ「リカーズハセガワ 北口店」でも、VOYAGER BREWINGのビールと「グラノーラバー」を販売中。そのほか、田辺市内・和歌山市内のショップで取扱いがあります。もちろん、VOYAGER BREWINGのオンラインショップでも購入可。
VOYAGER BREWING「グラノーラバー」販売店
・「VOYAGER BREWINGタップルーム」(和歌山県田辺市)
・「VOYAGER BREWINGオンラインストア」
・「リカーズハセガワ 北口店」(東京都)
・「Stand By me」(和歌山県伊都郡かつらぎ町)
・「tanabe en+」(和歌山県田辺市)
JR紀伊田辺駅前にある、地元の品を扱うショップ。「グラノーラバー」と、VOYAGER BREWINGのビールも販売。
・「キャッスルバー」(和歌山市)
ギネスをはじめ5tapのビールを提供するアイリッシュパブ。VOYAGER BREWINGのビールも飲めるので、「グラノーラバー」とのペアリングが叶います。
・「フェイバリットコーヒー 和歌山店」(和歌山市)
厳選したこだわりのコーヒーが飲めるカフェ。おいしいコーヒーと一緒に「グラノーラバー」を楽しめます。
アップサイクルの取り組みはこれからも続く……
VOYAGER BREWINGでは1回の仕込みで1600リットルの麦汁をとり、約450キロの麦芽粕が生じます。現在はその一部の麦芽粕が「グラノーラバー」を造るのに使われ、それ以外の麦芽粕は農家さんに納めている状況。
「食品にアップサイクルできているのは1回のビールの仕込みで出る麦芽粕の一部なんですね。今は少しずつしか造れないんですがもっとちゃんと販売ルートが確立すれば、『グラノーラバー』の製造量を増やして、たくさんの麦芽粕を食品にできますし、小分けで回数を分けて製造するよりもエネルギーの無駄がないんじゃないかと思います」(志麻さん)
志麻さんは「グラノーラバー」のほかにも、栄養価の高い麦芽粕を食品として活用するアイテムを模索中なのだとか。クラフトビール愛飲者でも、麦芽粕を食べたことがある人はまだまだ少ないのでは? アップサイクルという社会的意義を置いておいても、一度VOYAGER BREWINGの「グラノーラバー」で、麦芽粕の味を体験してみてはいかがでしょうか。
【関連サイト】
VOYAGER BREWING
【関連ページ】
ビールの原料をアップサイクル!クラフトビールペーパー
【石神井公園】Welders Diner、モルト入りバンズのバーガー×音楽
ホップの里の地産地消!クラフトビール醸造所から農場へ、ホップ粕で育った「遠野ホップ豚」
東村山Distant Shores Brewing×都市農家「岩田園」、アップサイクルの現場に密着!
【東京・八重洲】ハセガワ・お酒ドンキ・アンテナアメリカ、ビールショップ巡り!